昨日は保育園の「お楽しみDAY」。
数年前まではお泊り保育だったのが、ご時世かコロナの影響か縮小され、
朝から夜までまで年長児だけでいろんな遊びをして過ごす日に。
(息子の保育園は縦割りクラスなので、普段は年少から年長まで一緒に過ごしている)
朝から山へ行ったり、
焼き板を作って絵を描いたり、
プール入ったり、
お昼にカレー作ったり、
おやつにいろんな色のゼリー食べたり、
うどんを粉から作ったり、
キャンプファイヤーしたり。
事前にTシャツを絞り染めして準備もしたりして、それはそれは楽しみにしていました。

私が昼休みも取れずにヘロヘロで働きまくっていた一日、
息子氏はもう朝からものすごく楽しかったらしくて、夜に迎えに行ったら大興奮で走ってきました。
何回も、「楽しかったあ〜!」「もう一回やりたい!」と言って楽しそうにしていたのだけど。
帰りに銭湯寄って、パピコ食べて、寝よか〜、と布団に入ったら、
「もう一回やりたいのにもうできない」
「レンくん(仮名。一つ下の子)と一緒にやりたいのにできない」
と、シクシク泣き出すではありませんか〜!
そういう感じ、息子氏っぽいなと思います。
わかりやすく「わー!たのしー!」だけで終わらなくて、なんか一回、ひねりが入る。
それはネガティブな、嫌なことだということではなくて、
なんかものごとがいつも、複雑で豊かな感じがするな、と私は思ってます。
他の例があんまり思い出せないんだけど(思い出してから書けよ私)、
へえ、そんなふうにも見えるんや、考えるんや、って思うような、「わー!」の先、裏、隣の話をよくしてくれる気がします。
今回は特に「うれしい、けどかなしい」で、きれいに裏表になっているというか、
これが陰陽ということなのかな、
と思ったので、わざわざ日記に書いてみました。
楽しいことって、終わってしまったらもう一回はできない、っていうの、私が思い知って慣れたのはサッカー部の仕事を5年以上やった30歳くらいだった気がするので、息子氏にもこれから頑張っていただきましょう。
ちなみに、それぞれが自分の似顔絵を丸い紙に描いてそれを集めて、記念の旗を作っていたのだけど、
息子氏の自画像は大きな紙の真ん中に小さな、豆みたいな顔が描いてあって、
それが私が子供の頃に描いた絵とそっくりで、激しく気持ちが揺さぶられました。
その頃の自分の、絵に苦手意識があって、小さく描いちゃって、小さく描いちゃったことをまた恥ずかしく思ってたみたいな気持ちが蘇ってきて。
育っていく子といるのって、これからもこういうことあるんやろなあ…。その度に、小さかった私の思い出に会いに行って、なんかよき声をかけてあげたいな。ってこれなんていうセラピー?

サクレの梨めっちゃ美味しい…!ファミマに売ってるのでほっとくと食べ過ぎそう。
何か外で運動した後だけ食べてもいい、とかにしようか。