2026お正月の体調および気分の振り返り
今年のお正月休みは12/30-1/4。カレンダー的にお休みが長く取りやすい感じで、私も割と長かったかも。
しかし体調的にはイマイチだったので反省点を記録!
2027年正月の私へ。
・おいしいものは2026年と同じく、いろいろ気にしないで食べよう!
・とにかく便秘に注意。なんとしてでも出しましょう。
そのためにはやはり、野菜と水分をしっかり摂ること。
それから、やっぱり体を動かすこと。
・特に、餅を食べたら動きましょう。むくみます。
・一保堂の大福茶は、夜にいっぱい飲むと今の私は眠りにくいかも。
ほうじ茶も買っておきましょう。
とりあえずこんなところか。
年始に2回ほどめまいがあり、これがおそらく便秘、それによる熱のこもり、流れの悪さだなという分析があった。2回目はひどくてすごく嫌だったのでもうやりたくない。
(ちなみにそれは便秘したままホテルで朝食をいっぱい食べて、そのあとプールで水中でんぐり返しをしたら激しいめまいに襲われて半日治らなかった)


年末からの、冬休みの過ごし方としては、
「クリスマスに自分に2万円分、本をプレゼント」
がすごくよかった。
去年は節約も兼ねて、図書館で借りた本をたくさん読んでいたけど、その中でも予約待ちが多すぎて諦めたものとか、持っていたいものはあり、全てAmazonのリストに入れてあった。
その中からまずざっと出して、計算してみて、2万円に収まるように入れたり出したり。大きな本屋へ行って新刊を見たり、リストの中の本の実物を見たりしてまた調整。
この作業を1ヶ月くらいやっていて、それも楽しかった。
それに、それを近所のホホホ座(セレクト書店)に注文しに行って、店長さんとスタッフの方に、
「それは…僕たちにもクリスマスプレゼントです」
って言ってもらえたのもすごく嬉しかった。
漫画とかムックとかエッセイとかも多めにしたから、休みの間に読めたものも多くあって、楽しかったな。

あと思ったことは、私、食べることについてかなり制限をかけていたんだなという気づき。
これについてはもう少し詳細に言葉にしておきたいけど(それは今度にするけど)、
特に日本人女性の中によくある「太ってはいけない」という呪いの域に少し入りかけていたかもしれない。
これは難しいところで、「かっこいい体でありたい」というポジティブな欲との線引きがかなり微妙。その中で現状、呪いに踏み込んでいたところがあったなと感じた。
お正月、意識して「気にしない」ことにした時の開放感がけっこうあったから。
しかしそれと、食べすぎて体調が良くない、というのはまた別軸の問題で、これについては今年あまり快くなかった。
もりもり楽しく食べて、元気でいたい。
となると、私の最適解は
「筋肉量を増やし、運動量を増やす」
なのが今なので、2027年はそこをしっかりやって、無邪気に食べていきたい。
遠征の効能

最近、って年単位だけど、写真をインスタストーリー用に縦長に撮るようになって久しい。
これってプリントする時には微妙に不便なんだけど、プリントするかは撮る時不明なのでどう考えたらいいのか。
以前は日記がわりにインスタを使っていて、その時は仕様がスクエアだったし、毎月アルバスというアプリでスクエア写真をプリントしているので(ものすごくいいのでおすすめ)全部の写真をスクエアで撮ってたんだけど、どうも縦型に毒されているな。
リコーのGRdigital3というカメラを15年ぐらい前に確か9万円くらいで買って愛用していたのが、去年のニュージーランド旅行で天寿を全う。
次のカメラを…と思って見てみたら20万円ぐらいの予算になってくるのでストップ中。
なんの話。
福岡、大濠公園の写真を冒頭にアップしたらなんかそんな考えが湧いて出たな。納得いってないんだろうな。
さて、福岡です!
ポリヴェーガル理論×A-yogaの2日連続セミナー。前日には和合癒学のセミナー祭りもあったけど参加できず。
そう、今回は来る前に息子をスキーキャンプに送り出したり、旦那氏と話し合うべきことがあったり、親戚の体調に変化があったりと、気がかりなことが重なっていて、正直、直前にキャンセルすることまで考えたほど。
頭がいっぱいで、考えても仕方ないことをずっと頭に置いたままずっと焦っているような時間が続いた。続いてる。
この1年、2年くらいか、頭の中がこういう状態になることが多くて、これも更年期かなと思ってはいる。
今はそれは考えなくてもいいよ、ということを、一旦箱にしまって隅っこに置いておく、ということがなんだかできない。
蓋をして置いたはずなのに急にびっくり箱みたいに蓋が開いて飛び出してきたり。
いつも頭の中が片付かない。そしてそのままにしておくとまるっと忘れてしまったり。なので、片付いていない中で手当たり次第にやっつけていくしかない。
ものすごく疲れるし、何か忘れているんじゃないかという気がいつもしていて、そのことでまた疲れる。
手帳やリマインダーアプリを使ってどうにか整理したり、根本的には「今はたくさんやりすぎないこと」と心を決めて、やりたいことを減らしてみたり。
そんな中でも、こうしていろんなことが重なって起こることはあり、ものすごいストレスを感じるし体が固まる。起きた時から筋肉痛。
そういう時のこの福岡への遠征、よかったと思う。
物理的に距離をぶっちぎって離れてしまうと、考えないで済むこともある。
まあ、なくなってないわけだから帰ったらまたバタバタするけども。
そして今回ここで学んでいるのは、「揺れつつ、ブレない」ということ。
それを自律神経と、それをうまく乗りこなすために運動でできること、から考えていく。
先生方への絶対的な信頼と、真剣に学ぶ人たちが集っている安心感。何を思っても言っても、出してもいい、って思える場での学びは、強い。
私は人の人生に部分的に伴走する仕事だから、それに役立つ学び、をしていることにはなっているけど、実は続けているこの学びは、ほぼ自分のためだと思っている。
特にこの1年くらいは、自分の無意識の中にある傷や隠されたものを丁寧に扱っている感じがあり、学びがその助けになっている。
元気な人として生きていて、そうして仕事をしているけど、
ようやく、本当に健やかな人として自分の人生生きられそうな感じが見えてきている。
きっとそうしたらいい仕事できるようになると思うけど、申し訳ないけどそれは2次的なこと。
自分の…なんだろう、安全、安心、幸せ…どれもしっくり来ない言葉だけど、そういう何かにつながっていくと思う。今はそのために学んでいる。
で、しつこいけど、そうするといい仕事に還元されると思う。

今回はゲストハウスの個室に久しぶりに泊まって、子を産む前の自分のことを思い出した感じもよかったな。
さて、今日は勉強会に出たあと、ダッシュで戻って、スキーから戻る息子をピックアップして、明日から仕事だぞ!
ティーカップの床(2026年抱負)

1月1日9:31、元旦であります。
お昼前に家族で弟の家に集まるのに、息子はすでに私の妹とともに出発。
母が自室で見ている『相棒』と、食洗機の音とエアコンの音だけがしていて静か。
さて2026年の始まりに。
すでに昨年の後半から始まっていたけれど、今年は変化の年になる。
わかりやすく仕事の様子が変わって外に出ることが増える。
この10年ほんとに、隠遁?という感じで半径1kmの範囲を自転車でうろうろして、息子と、1対1の鍼灸院の仕事だけをやっていたのが、急に社会復帰みたいな感じになりそう。
大きい変化は10年ぶり。
その前は3年、その前は5年かな、転機はいつでも、人に声をかけてもらうところから。
私のアクションは
「誘われて、一歩踏み出す」
だけ。
大きい変化に見えても(例えば大阪から横浜に引っ越すとか)、私としては、じゃあ…と一歩踏み出してみただけ。
いつもイメージに上がってくるのは、
「ティーカップの床」。
遊園地のティーカップの乗り物って、座ってるだけなのに、自分が乗ってるカップの下の床がよくわからない動きをして、いつの間にか遠くに連れて行かれたり、離れたと思ってた人がまた近づいたりする。
私の大きい変化ってああいう感じで、私としては呼ばれたから一歩移動しただけなのに、いつの間にかなんか遠いところへ運ばれてよくわからない景色の変化があって、いつのまに〜!って感じ。
今年は久しぶりにそういう年になる予感がする。
いや、設定としては確定。
そして、息子はこの世に出てきて7年、自分で歩き始めたい雰囲気もあって、このティーカップの床ではぐれたらお互いどこへいくのかわからない。
もうちょっと、私が息子にしがみついていようかなと思う。
そんなわけで今年は特段、私が気合いを入れてアクションしなくても、多分環境が私を振り回してくると思うので、体幹決めて、揺れつつ戻ってきながら(揺れないように耐える、ではなくて)、楽しんでいく。
まずは体力だ(脳筋)。
年末に『100カメ』の羽田空港の回を見て、今年の抱負は突然決まった。
・空港にもっと行くこと
→飛行機で行くような旅ができるようになる(時間、お金)
・シチュエーションに合わせた身だしなみができるようになること
→場面に合わせた服装、お化粧ができるようになる
それとは別に、
・文章を書くこと
なんか、文章を書くことを仕事につなげて考え過ぎて、「何者の私として書くのか」とか「どこに需要が?」とか考え過ぎてきたけど、
昔のfacebookみたいにただ日記書いたらいいやんと思った。
年末に「需要、あります!読みたい!」と言ってくれた上で「書かずにいられない人ですよね」と言ってくれた方があって、よーしありがとう!と元気も出ました。
考え過ぎて書き漏らしてきた息子との日々とか、惜しい。
今年はダラダラと書いていこうと思う。

昨日の大晦日は、息子がボールを川に落として、48歳にして裸足で川に入った。こんなこともあるんやなあ。
最近言われた「なるほど!」2選
こないだ、
「店を引っ越して2年以上経って、ずっと片付けたいと思っているところがあるし、DIYまではいかなくてもちょっと直したいなと思うところがあるんだけどなかなか手をつけられない」
という話を近所のマダムにしていたら、
「忙しいしね〜、休みになったらどっか行っちゃうんだから、家はどうにもならないわよ」
と言ってもらって、
ほんまやわ。
それやわ。
ってなった。
休みになったらどっか行ってしまうもんなあ…。そして店にいるときは店の仕事してるもんなあ。

↑ところで先週勉強会の時、気づいたら緑のおばさんだった。選んだチョコレートも緑。何もかも緑。履いてた長ズボンも緑だった。
長ズボンっておばさん呼び?
別のこないだ、オンラインで事務作業をお願いしている秘書さんと話していて(すごく助かるので事務作業に困っている個人事業主の人にはおすすめ)、
文章書いたり勉強したりを腰据えてやりたいんだけど全然できない、っていう話をしたら、
「それはそのための時間を取らないからですよね〜」
と普通に言われて、
ほんまやわ。
そらそやわ。
ってなった。
重ねて、
「ゆにさんとか〇〇さんとか(やり手の友人)見てて思うんですけど、運がいいんですよ!
あとパワーがあるから、これまでなんとかなっちゃってるんですよ。
でも本来は、『そのための時間』取らないと、できないですよ!」
って言ってもらってぐうの音も出なかった。
そうなんですよ…これまでなんか原稿とか書類書くとかは「雪が降って練習が休みになって確定申告やれた」「具合悪くてキャンセルの人が続いて時間が取れた」とか、謎タイミングで時間ができてなんとかなっていたね……知ってる…
というわけで、今年の年末年始は極力予定を入れずに、家にいてみようと思います。
って休みに仕事っぽいことをやろうとするのもよくないのは自覚しているので、ちょっとスケジュールを見直します。
たぶん調子が悪かった

今朝、久しぶりに朝、6時過ぎに走り始めて、平安神宮で折り返して岡崎神社のローソンまで2.5km。
Strava(ランとか歩きとかを記録するアプリ)を振り返ってみると1週間ほど走れていなくて、歩いてたり走っても400mとかだったりしていた。
(本題と関係ないけどStravaを課金するかどうかをすごく悩んでいる)
「ねばならない」
をできるだけ排除することに決めているので、朝起きられなかったら行かないし、起きてもしんどかったら走らない。
それでもだいたい、記録を取り始めた9月くらいからだと3日は空かないくらいだったのに、この1週間はなかなか走れなかった。
たぶん、調子が悪かったんだろうな、と、今朝の体調でわかった。
今朝はすっきりとして、機嫌よく起きることができたし走れたからね。
私はプロの健康マニアなので、自分の体調をよくみている方だと思うけど、それでもちょっとわかりにくいくらいの変化だったかも。
そして最近はだいたい機嫌がよくて、やりたいことをやれているので、ちょっとくらいの体の不調だったら、いろんなことをやらない理由にはならない。機嫌が悪いと、ちょっとした不調でもあれもやりたくないこれもやりたくないが出てくる。
おそらく、
・ちょっと感染症の何か(ウイルスとか)が体に入ってきて、発症はしなかった
→実際寒いのか?寒気なのか?という2日があった
・PMS(月経前の不調)
→昨日あたりからむくみが抜けた
※ミレーナが入っているので月経の出血がない
・更年期の波
→眠りづらい日があった
・急な寒さでの鬱っ気
→12/5に「薄いしにたみが出た」というメモあり
が運悪く重なったような感じ。
渦中のこの1週間も、上記4つのどれかなのかな…いや、気のせいかも??と思ったりして、走るか…?やめとく…?いや、まあ近所1周だけしとくか…みたいな日もあった。
結果的に何かはあったわけで、この1週間、無理しなくてよかったなと思う。
ここで無理して「でも習慣なのだから」と頑張ったら何かを発症したかもしれないし、この寒さの中、鬱っ気をこじらせていたかもしれない。
私は元来、鬱っ気があるタイプだと自覚しているので、いつそっちに転んでもおかしくないと思っている。
それは脳の中の問題なので、策を考えたり気持ちをコントロールしてどうにかするのは難しくて、
フィジカル(身体)を整えるのが結局いちばん手っ取りばやいんだな、というのが今の私の結論。

私は現状、この数年の体調の微妙さから、「ねばならない」の仕事量を最低限にしているので、ここ数日の体調を乗り切れたと思う。
「当社比」で見て、働いてない方だし勉強してないし、家事も頑張ってないのでそれが可能になっている。
だけど、しっかり休んでこのやってなさがそろそろストレスになってきたので、フィジカルを鍛えている。
この数日の調子の悪さぐらいだったら押し切れるくらいには元気になりたいなあ。
欲が深くて、やりたいことが多いので。
限界サラリーマンだった頃の私だったら、ちょっと調子が悪いときでも「でもやらないとならない」と色々を押し切っていただろうな。
そして体調を崩して、それでも「やらないとならない」と押し切ってさらに体調を崩していただろうな。それでも(以下同文)。
だけど毎回思うけど、私にはその時間でぐっと伸びた能力やスキルや経験があり、要領のよくない私は休み休みでメンタル良好では何も身に付かなかったんじゃないかとも思われるので、どうだったらよかったんだろうなあとは思うけど、答えはない。
「人がやってたら止めるし、勧めないけど、私にはそれしかなかったなあ」
ぐらいかな。
10代、20代、30代、あの頃の「更年期的」な体調
先月、多分10年ぶりぐらいに膀胱炎をやりました。
男性のことはわからないけど、膀胱炎をやったことのある女性ならきっとわかってもらえる、トイレに行ったときのあの、
「う、うぉぁぁ…!」
というイヤな感じ。数日、大量に水を飲んでトイレ行って(たんびにうぉぉなって)なんとかならないかなと思ったけど、ならなかったので、内科行って抗生剤飲みました。無念。

その時に急に体感で思い出したことがあって、
私は多分、10代後半の高校生時代にも膀胱炎を、多分数回やっていたと思われる。その時には膀胱炎の存在を知らなくて、認識していなかった。
去年あたりにあった、おそらく更年期からくる微妙な不調の体感から過去を思い出すことは他にもあって、
たとえば寝起きにベッドから降りる時に足をついたら足の裏がめちゃくちゃ痛いとか、
寝起きに下向けないほど首が痛いとか、
思い当たる節がないのに全身がうっすら筋肉痛とか。
そして何より、理由もなく気分が落ち込んで、悲観的になって毎日しんどいとか。
そういう不調を、10代にも、20代にも、30代にも感じていた。
更年期じゃないのに、更年期に似た体調になっていたということ。
更年期というのはただ「月経がなくなる前後10年」の「期間」のこと。
だけどその期間には女性ホルモンの出方がものすごーく不安定になって
→その結果自律神経の働きがものすご〜く不安定になる。
それで体調が不安定になることを「更年期障害」という。
この辺りの図を見るとそれが納得いくと思う。
I-特-34図 男性・女性ホルモンの推移 | 内閣府男女共同参画局
私は今48歳なので更年期はまっただ中だけど、その体調の不安定さで昔を思い出すなんて、私はいったいどんな追い込み方してたんや…と振り返りますと、
10代の頃は初経以降の思春期の女性ホルモンとの遭遇、そして陸上部(短距離)で体脂肪率が低かったことでのホルモン不調。
(体脂肪率が低すぎると女性ホルモンが順調には出ない)
20代の頃は体育会のトレーナーから勤労学生になっての激務と酷使、睡眠不足による自律神経失調。
30代は20代の続編。
そしてその全ての期間、体育会×長女属性で自分にプレッシャーをかけ続けていて、常に自律神経は交感神経(闘う・緊張状態)寄り。
10代以降、更年期でもないのになんらかの不調を抱えて、しかもそれを全部自分一人で背負って、しんどいことさえ自分のせいにしてた自分…
むちゃくちゃ頑張ってたなあ。
しかもその時、体調に対する知識が全然なかったから、病気ではないんだし甘えなんやろかと思ったり、
そしてそもそもこれは体質なんだろうからもう変わらないんだろうなと絶望したりしていたなあ。
それに比べたら、今の私は更年期という時期であるという理由も、仕組みもわかっているし、
そんなに自分で自分を追い詰めないでいいということもわかっているので、本当に楽。
気が楽なだけじゃなく、理由と仕組みからアクションを起こして、実際に体調も楽になってきている。
よかった。よかったねえ。
あの頑張り、ここまでつながっているねえ。(そんなに頑張らないでも、きっと道あったけどね!)
これからは、ホルモンの不安定さの影響は逆らえないところもあるけど、なんとか乗りこなすこともできる部分もある(できる!と言いきれはしないけど)ということを、今私より年下の人には実感を持ってお伝えしたいし、仕事でしっかり手伝っていきたい。
そしたら、10代20代30代の私の思い出たちも元気が出ると思うんだ。
息子(7y6m)の最近と私の健康法の関係
「母ちゃんに、言いたいと思うことがあるねん」
と息子氏が言うことがあって、これが出た時はけっこう大事ポイントなので、やってることを全部やめて聴くことにしている。
今回は、
「母ちゃんとゆっくり遊ぶ時間がない」
という訴え。
おお…ほんまですねすみません、しか言うことがない。
これまでも1年おきとかぐらいにあった気がするのだけど(日記書いておけばよかったのになあ!)、
「息子氏に手がかからなくなってきた感じがあるからと、
私が自分のことをやり始めて、
それが度を越してしまって息子氏へのケアがおろそかになる」
というやつ。
今回で具体的に言えば、保育園時代には17:30までに何がなんでも迎えに行かないとならなかったのが、
今は息子が勝手に小学校から帰ってくるし、その時間には家に母(ばあば)がいるので、まあいいかと思ってしまって、ちょっとゆっくり店の片付けをしたり事務作業をしたりしていて、18時頃に家に帰っていた。
息子氏も店に顔を出したり出さなかったりしつつ先に帰宅して遊んでいたのだけど、それがちょっと寂しかったらしい。
他にも、一人で勝手に遊んでいる時間も長くなっていたので、私も好きなことをやったり勉強したりが増えていた。
わかりやすくは、勉強会に出たりその復習を動画で見たりの時間は確かに増えていた。
なので、そしたらどうしようかと相談して、
息子氏が学童を17時に出て店に寄る17:15頃までに、私が店の片付けを終えて、一緒に帰れるようにしておくわ、ということで話がまとまりました。
それで帰ってから母ちゃんと遊びたい、と。
(うちは週に5日は母が夕食作ってくれているので。ありがたい)
で、どうなったかと言うと、
それで気が済んだみたいで、息子氏は結局17:15に店に顔を出して「ただいまー公園行ってくるわ18時に帰る!」と一気に言って、私が「はいよー」と言う頃にはもう出ていくようになったので、結果的に別に一緒に遊んではいない。
言葉通りに「母ちゃんと遊びたい」のではなくて、「もうちょっと母ちゃんに構ってほしい」ということだったんだな。
そもそも、2学期に入ってから同じクラスの男子たちのノリ、おそらく小学生男子特有のイキリ、マウント取りでしょうもない(ほんまにしょうもない)イジリをしてくるのに合わなさを感じていたみたいで、帰ってきてぐずぐずとこんなこと言われたあんなことされたと言うことが続いていた。
私も母も見た目が濃いとかもあって小学校で男子にいじられ続けていた歴史があって、そういうのについて心底「しょーもな…」以上の感想を持てないので、あんまり共感して寄り添うことができていなかったかもしれない。
このことについてはこれからも注意して聴いてはいきたいけれども、
ひとまずは「母ちゃんは息子氏と過ごす時間あるで」を表明していこうとは思う。

しかし。
それを優先しすぎると私が、私の時間どうなりますの?になってしまうなあ、と思っていたのが、
それについては思いつきで始めた「早朝に店に行く」が効いてきた。
自宅と店は徒歩2分くらいの距離。
朝起きたら着替えて、とにかく店に行く。それで、その時の体調で、ヨガをやる、本を読む、スマホをなんとなく見る、などをやって、できたらそこから走って出て家に帰る。
去年くらいまでは、早く起きて自分のことをしようと布団を出ると、眠りが浅くなっている息子が目を覚まして「かあちゃぁぁぁあん!!!うわーん!!!」となることがよくあったので、起きたらベッドの横に敷いてあるヨガマットでヨガをするのが精一杯。
だけどここのところ、息子もスイミングやら学校やらでがっつり疲れて寝るようになって、朝抜け出しやすくなったし、起きて私がいなくても適当に起きてテレビを見たり、なんなら朝ごはんを先に作ったりするようになった。
それに、今年の夏休みに毎日2人でラジオ体操を公園でやったことで、朝起きてすぐ着替えて外に出る習慣ができて、そこから朝、店に来れるようになった。

この時間が私にはすごくよくて、
朝という超さわやかでクリアな時間に一人の時間が持てて、
しかもやろうと思っている運動ができるようになって、
その上朝、日に当たるので夜が眠れるようになって、
とにかく素晴らしい。
特に、
朝、日にあたる
朝、運動する
のが体調にはすごくいい感じがする。
最近は寝坊して6時台に起きると走りに行けないので残念な感じまでしてきた(6時すぎに起きても無理やり走りに行って後が押すことまである)。
このあたりはすごく個人差があるので単純におすすめはしないけど、要するに「家庭の様子を見つつ生活リズムをアップデートするのは大事だ」ということが言いたかったです。