ゆまにて日記

京都・左京区の鍼灸院 女性鍼灸師ゆにからの毎日のお知らせ

人に歴史あり、カラダに歴史あり

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このエントリの続きです↓

2015-09-23 - ゆまにて日記

 

昨夜のラグビー、前半の終わりの五郎丸くんのタックルにしびれ、後半最初の被トライで心折れて寝ました…

 

私は高校生の頃、ラグビーが好きで好きで、部活と勉強でてんてこまいだったのに花園にも行ってたし、大学でラグビー部のトレーナーやるんだ!と決意して入学したら女子は取ってなくてアメフト部に入部したくらいのラグビー好きでした。

 

ということを、昨日久しぶりにちゃんとラグビーを見て思い出していました。

 

しかも、昨日からこのカテゴリを書き始めたことで自分のこれまでを思い返していたので、なんだかいろいろな記憶や思い出がいっぺんによみがえって、でも、

「からだのひみつに迫っていきたい」

という気持ちは、高校生の頃から全く変わっていない、ということを、改めて感じました。

 

さて、しょっぱなから長くなるような感じになってきたので本題に入りますと、今日は店主のカラダについての歴史、サマリー編です。

まずざっと振り返ってみて、それから、それぞれを紐解いていこうと思います。

 

まあ、長くなるので見出しだけチェックしていただいても!

 
中学生 ほぼ健康 ただし婦人科系が微妙

中学生の頃は身体的にはほぼ問題なし。陸上部で楽しく部活。

ただし11歳で初経があって以来、不安定で、時折激しい月経痛があった。

中学3年の夏前に部活を引退してからは、中高大一貫校で受験が必要なかったこともあり、ちょっとおかしいぐらい眠っていた。

 

高校生 部活と勉強で超ハード生活のはじまり

中高大一貫校のため受験対策は全くなし、だけれど体育学部のある大学に進学したいと考えて塾に通い始める。

うっかり超受験用の塾に入ってしまい(みなさん京大東大国公立医学部へ…)、特に英語について自分史上最高に勉強した。

なので部活は最初諦めていたが、顧問の先生が「出れる時だけ出ればいい」と言ってくださり、週4日部活動もさせてもらう。

結果、とにかくぎゅうぎゅうの毎日を過ごす。

 

大学生 一人暮らしで体育会、深夜のバイトまで!

実家を離れて関東の陸の孤島大学へ。初めての一人暮らし。

体育学部、体育会アメフト部に学生トレーナーとして所属。体育会の中でも拘束時間の長い部活で、真面目に授業に出ながら必死で活動。

なのに徹夜のデニーズバイトとか早朝のCASA(ファミレス)バイトとか。

4年生の夏以降は卒論と鍼灸学校の受験勉強と部活でいっぱいいっぱい。

メンタル面でバランスを崩すことがでてくるが気合と体力でなかったことに。

 

鍼灸専門学校生 勤労学生で三都物語

京都の実家に戻って、鍼灸の専門学校生に。

なぜか京都在住なのに大阪の学校に通い、大阪の鍼灸接骨院で働き、神戸の大学のアメフトチームで土日働く。

6:34発の電車に乗って22時過ぎに帰宅とかしていた。毎日お昼がおにぎり2個。

社会人としての週休0日生活の始まり。キャパシティオーバーしていろんな人に迷惑をかけた。

 

25歳〜26歳 免許持ちだけどフリーター

どうしてもスポーツの現場でトレーナーがやりたくて、一般的な就職はせず。

土日のトレーナー活動を軸に考えて(お給料はそんなに)、接骨院アルバイト、専門学校非常勤講師、フィットネスクラブアルバイト、高校体育非常勤講師などを掛け持ち。

週休0日スケジュールが続く。休みってなに美味しいのぐらいになっている。体重が中学以来最低を記録。たまにふらつく。

 

27歳〜28歳 初めて定職につく!だけど休まない

専門学校に教員で就職。働きながら、教員免許を取る学校に通う。午前学生、午後から夜が教員。(いろいろグレー)

でもどうしてもスポーツの現場でトレーナーがやりたくて、週2日ある休みは高校サッカー部へ(無給)。

体温が35℃台で安定、朝起きたら頭痛が普通になっていた。生理痛がひどすぎて低用量ピル服用。

学生として通っていた専門学校で、クラスメイトのあん摩マッサージ指圧師に「そのままだと病気になるよ」と言われて施術を受けはじめて、自分の体調のまずさに気づく。

 

29歳〜34歳 教員生活継続。週に1日休みができる

部活に出るのが仕事と認められるようになり、週1日休みができる。

しかし夜間部のある学校だったので22時までの勤務が定期的に挟まり、また通勤時間が長いために常に疲労状態。それでも休みは部活に費やす。

あいまにプライベートで大きな出来事があり、2年くらいメンタル面の半分が死んでいて残り半分で仕事を死ぬほどやっていた。

仕事を支えにしていた部分がありワーカホリックが加速。

最後の年は徐々によみがえってきて、体のケアをはじめた結果体温が36℃超えしてくる。片付けの魔法で人生がときめく(カラダ関係ない)。

 

35歳〜37歳 サッカー部トレーナー。合間も仕事。しかし転機が。

横浜からオファーをいただき、最終180名の部員を預かる高校サッカー部のトレーナーに。学校のそばに住んでほぼ毎日朝練5時起き、長期休暇はほぼ休みなし。

最初のオファーだと空き時間が多かったので、間に専門学校非常勤講師を入れたりして結果追い詰められるひとりブラック企業(個人事業主に)。

しかし仕事を休まないために早寝早起き、食生活をととのえることを再優先にしていたので意外に体調は安定。東京の師匠となる鍼灸師から養生を学んで実践していたことが大きい。ただしプライベートの時間はほとんどなし。

2年目にロルフィング10セッションを受けてからだがバージョンアップ。

2年目、3年目に体調を崩す期間があり、体調面を見直すとともに働き方を考えなおす。

 

38歳 京都へ。のんびり働き始める。

いや、開業したんでのんびりしてる場合じゃないんですけども。

早寝早起き、ちょっと寝すぎぐらい寝ている。食事はほどほど。仕事もほどほど(当社比)。

 

 

うわー…。

本当に、なんでいま元気でいられるのか謎な気持ちになってきました。

ひとつ言えることは、こつこつと、何の劇的なこともない「食べる・寝る」を地道にやってきたこと。

そしてそれぞれに、きっかけとなる治療者・ボディワーカーとの出会いがあったこと。

 

明日以降で、少しずつ、詳しく書いていこうとおもいます。よかったこと、よくなかったこと。

 

 中学生編につづく↓

humanite.hatenablog.com