ゆまにて日記

京都・左京区の鍼灸院 女性鍼灸師ゆにからの毎日のお知らせ

それも風邪であった!

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 街で見かけたお店。これがブランド名らしい。行ってみたいな〜。

 

最近、めったなことでは機嫌が悪くなったり気分が落ち着いたりしないようになったなあ、と思っていて、それはもう、やりたいことしかやってないという仕事と生活になっている、ということがもちろんあるけれども、

 

やっぱり体が健康であるということが大きいんです。

 

そして、ちゃんと食べて(詳しくは一言では言えない)、ちゃんと寝ているから。

生活がちゃんとしている。

 

 

それが、ここ数日急に寒くなってきて、雨が続いた昨日、所用で外を歩いていたら、あれよあれよといううちになんだか気分がふさいできて、荷物が重いこととか足が重いこととか、いろんなことがいやな気持ちになってきて…

混み合ったバスで家に帰ってきてからもどうも気分が冴えない。

 

そしてちょっと横になってみたとき(だいたい昼間から横になりたいあたり体調がいまいち)、

「あ、これ風邪か」

と気づいて、葛根湯をお湯でとかしてふうふうしながら飲みました。

 

その時の様子。

・「寒気」なのか「ほんとに今日は寒い」なのか微妙な寒さ

・足の冷えとだるさ

・おなかがあまりすかない感じ

・喉の奥が乾いたような、痛いような、痛くないような微妙な感触

・なんだか気分が落ち込む

 

 

そこからご予約の方の施術をして、終わったら洗濯をして、夕食は摂らずに、葛根湯をもう一服、熱めのお風呂に入って「科捜研の女」の録画をだらだら見ながら、首のうしろにうっすら汗をかきつつ、布団に入って早寝。

 

それでもう、大丈夫。

 

葛根湯が「風邪のひきはじめにしか効かない」ということはだんだん認識されてきているとは思うけど、「風邪のひきはじめ」がどんな感じか、というのはまだわかってもらえてないかな、と思います。

 

鼻水が出てきたとか、咳が出てきたとかになってくると、それは「ひきはじめ」ではなくてもう、風邪なんですよ〜。

 

葛根湯が効く「ひきはじめ」は、昨日私が体験したような、「なんか変、かもしれない」という程度のことなんです。

そのタイミングで大事にしてやれば、風邪をひかないですみます。

 

でもそういう「なんか変」って、日常疲れていたり忙しくして自分のからだをよくみていないと、気づきにくいことだとは思います。

 

だからこそ、日常をできるだけ元気に、機嫌よく過ごしていることが大事だな、と改めて思います。

 

これからも機嫌よく生きていこうっと!

自分の時間

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青おにぎりの裏メニュー、「じゃこ」。

 

今日、こんな黒板をアップしました。

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それからツイート、

 

今の私は自営業で、一人暮らしで自分の世話しかしていないし、生活者としてかなり時間に余裕があると思う。

そういう時期にある、という認識。

 

「時間は作るもの」という言い回し、聞くけど、仕事や家族の世話をめいっぱいする状況にある人は「そんなこと言われても!」でしょう。

 

私は、忙しく活動するの、あかんとは思ってない。

「そういう時期もある」

「自分で選んでやってる」

「自分に負担がかかっている、ということを認識している」

「そしてそれをむやみに続けると自分の体と心は消耗する」

ということを自分がちゃんと押さえていたら、それでいいんじゃないかなと思う。

 

桐蔭学園サッカー部で働いた、30代後半の3年間、このことを全部自覚した上で全力酷使して、編み物なんか当然できるはずもなく!でも、それでよかった。

本当に楽しかった。すごい学びもあった。よかったよかった。

 

 

結局、自分で決めていて、納得してるかどうかが何にしても大事なんだなと思う。

そしてその前に、決められて納得できる自分に整えておくことが。

 

私の場合はそういうふうにできるようになるために、思いっきり人に合わせる、という段階が20年ぐらい必要だったわけだけど!

もうちょっと短くてもできると思うので、そういうことを伝えていきたいなと思うな。

 

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思ったとおりにからだを使う

今年の夏は東京、山形、高知、高知、あいだに滋賀・大阪と、出かけることが多くて、間で店を通常営業していたら知らないうちに終わってた。

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山形へは、インターハイの帯同で行った。

なんと男子の体操部。

アスレティックトレーナーとは敢えて言わない、治療者としての関わりで、春の終わりから帯同。

 

高校サッカーで11シーズン仕事をして、ずっとインターハイ、行きたい行きたいと願って、自分のほぼすべてを突っ込んでたのに行けなかった(ついてたチームは私がいた前後で行った)けど、今世はご縁がなかったな、と諦めたとたんのご縁で、全然違う競技で行けた、インターハイ

そのことはすごく不思議に思えた。

 

まあそれは今日の本題ではなくて。

 

 

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今年の夏、もう少し前の初夏からこれまでの3ヶ月くらい、しみじみと実感することは、

「自分の体を、思った通りに動かすことはむつかしい。

 けど、それはとても、うれしいことだ」

ということ。

 

 

私は初夏からアシュタンガヨガを始めたのだけど、これがまあ、全然、できひんことばっかりで、笑けるほどできない。

けど、楽しい。

ちょっとずつできるようになっていくことが楽しい。

できると思ってたけどできないっていうギャップも楽しい。

できる人たちがいるから、自分もできるようになるって信じられることも楽しい。

 

 

それとちょうど前後する頃に体操部に出入りし始めて、体操部の男の子たちが、自分の体をすごい精度でコントロールしているのを見て、本当に感動する。

彼らは小さい頃からそれを続けているから、なんとも思ってないけど、人ってこんなふうにできるんやなあ、と、毎回今でも感動する。

(でも実際、2時間くらい滞在で10人くらい治療してるからあんまり見れない)

 

 

この春から私はけっこう本気で健康になろうと努めていて(それまでは貯金でやりくり)、早寝早起き3食きちんと食べる、ということを本気でやっていたら、

けっこうほんとに健康になった。

特に、栄養を考えて食べるということと、ヨガと大文字登山を不定期ながら続けていたら、自分でわかるほど、元気が出たし、行動するエネルギーが湧いた。

 

このエネルギー、というのは、量的にも質的にも言えることで、「余力がついた」とも「やる気が出た」とも感じたし、「実際にできることの強度が上がった」とも感じた。

 

山形へは片道7時間(途中東京で宿泊)、1泊2日は遊んでそのままチームに合流、そしてまた東京経由で直接大阪に入って、着いたとたんにワークショップ3時間しゃべる、とか。

高知に甥っ子ズたちと行って遊び倒して、夜行バスで帰ってすぐ店開けて満タン予約、とか。

両親連れてまた高知、車椅子を押したりとか。

そのすべてで、荷物をザックやリュックでずっと背負って移動してたこととか。

そういうことをやって、翌日から普通に店の仕事をして、夏を乗り切れたというのも、自分にエネルギーを感じる。

 

でもどう考えてもやりすぎなんだけど。その点については、できたかどうかということは別として反省してる。

 

 

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ヨガ、体操、旅。

全然関係のないことだけどこの夏自分にあったこと、全部を通して、からだを自分で思うように動かして、使う、っていうことが、自分を豊かにしてくれるんだな、ということをすごく感じた。

しかもそれを、こつこつと自分で作ったという実感もあった。

もちろん、持って生まれたものというのもあって、つまりそれは自分が何もしてなくてただ「もらった」だけのものもあって、それに対する感謝もあった。

 

それでつまり、私はこの感謝を、人に伝えて生きてくってことで先に送って返したいし、しかもそれが仕事になってるって、ほんま、ラッキーやん?ってなった。

 

 

そういう夏でした。

 

80代、まだまだこっから

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うちの待合スペースにはでっかいテーブルと、本棚。

 

今日もお二人で来られた80代コンビ、

お一方みせていただいている間もうお一方は待合で本を読んでおられることが多いのですが、

 

 

今日真っ先に選ばれたのが、コレ。

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人は慣れる、あらゆることに(良くも悪くも)

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間が空くとどうやって復活していいか考え込んでしまってますます再開しにくくなる、というのがブログというやつで(私にとっては)、

そんなことでは日々「やめてへんし」をマジックワードとして布教しているのにいかん見本ではないか!

 

ということで戻ってきましたよ。

 

7月は最初に富士山に登って、そのまま東京出張、午前中の新幹線で戻ってそのまま部活サポート→午後施術、

というような入り方をしていたら、知らないうちに残り1週になりました。

 

写真は2週間ほどまえに余裕のある日に、

「初めて行くコーヒー屋さんでもらったパンフレットに、コーヒーは豆とお湯、時間を量っていれるとおいしいよ、と書いてあったのでやってみたらおいしかった」

ということを書こうとして写真を撮ったのに、そのまま怒涛の忙しさに突入してしまって放置していた、というものです。

 

そう、忙しいと思われがちながら、コーヒーを量っていれたりする余裕もある、一人暮らしでのんびりした店なんですよ。

 

たまたまこの2週間ほど忙しくなってくると、あっという間に、京都に戻る前にやっていた、隙間なくテトリスみたいに用事を積まないと消えないモードに戻ってしまって、

そうすると息をすることも水を飲むことも忘れてだーっと走り続けてしまう。

 

そのやり方も知っているし体が覚えているし、最近養生強化(早寝早起きちゃんと食べる)で体力もあるので、やれてしまう。

 

でもこのやり方、ずーっと続けると自分が疲弊して、すり減って、楽しくなくなってしまう。

そこまでの道のりを私は知っているわけです、もう。

 

だから少しブレーキを踏んで、お休みを1日増やしたり、キャンセルの枠はそのままにしておいたり、しています。(なので電話してみたら空きがあるかもよ…?)(とか言うのが良くない)

 

忙しくなって、自分の時間がなくなったり、少しずつ体がくたびれたりすることって、ガクっとくるまで気がつかないけど、実は少しずつ少しずつ進んでいる。

 

でも少しずつだから、気がつかない。

 

気がついたら、まず他の人が見て「それ…やばいんじゃない?」という状況になっていて、それからやっと自分が「あれ…やばい」と気づく。

 

そういうこと、多いんじゃないかなあ。

少なくとも私はそんな感じでした。

部活の仕事やってる時、他のスポーツ関係の仕事してる人に「それは…やばい」と言われるほどだったけど、自分としては「日常」だったしね。

 

 

いい意味で、じわじわと自分のキャパシティを増やしていける、ということはいいことだと思います。

 

でも、やりすぎるところまで行ってしまうのも「じわじわ」なので、時に立ち止まって、自分は楽しめてるか?体は元気か?をよく観察してみてくださいね。

夏は特に、加速がついて動きたくなってしまうし、その割に暑さで消耗しているものだから。

 

この数日8時間睡眠→朝ヨガでずいぶん機嫌のいい私からでした。

ちなみに晩ごはんは潔く外食してますよー。無理だもーん20時まで施術してそれからごはん作るのー。(22時過ぎに寝たいから)

自分の全部を使う、好きなように

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勝手にカスタマイズ、オタクなリュックに。

 

定休日、今朝はヨガに行きました。

いつもは朝、家でやるのですが、行ける時はスタジオへ行って先生にみてもらいます。

 

アシュタンガヨガ、というのは流れが決まっていて、基本的にはその流れを自分でたんたんとやっていくのです。

なのでスタジオへ行っても、それぞれが自分のペースで自分の練習をしています。

 

まだ私はその流れを一つずつ先へ覚えて足していく段階なのですが、

 

まー、いろいろ、できない!!

 

届かない!

バランスとれない!

タイミング合わない!

 

でもなんか、楽しいです。それが。

 

ヨガを仕事にするつもりがないので、

「できなければならない」

という気持ちが、ありません。

だから、できひんな〜!を、次できたらうれしいな、という純粋な気持ちだけで楽しめてます。

 

毎日地道にやって、先生がアシストしてくださると、できるようになってくるもので、少しずつ自分が広がるのが楽しい。

 

 

私はドリカムが昔から好きなのですが、ドリカムのライブに行くたびに、私より一回り年上の美和ちゃん(今年52歳!)が、

「自分の全部を使っている」

ところに遭遇します。

 

だいたい3時間のライブのあいだ、歌い、踊り(かなり踊る)、泣き、笑い、体と気持ちのすべてを使って表現しています。

 

毎回、私は毎日、自分のどれだけを使っているのかなあ、と思います。

私も、自分の全部を使いたい!と思います。

 

ライブはやらないから一度には出さないにしても、

毎日の中で、体をめいっぱい使うこと、頭をめいっぱい使うこと、気持ちをめいっぱい使うこと、を、やりたいと思います。

 

しかも、一つの方向を向けて。

 

何か考えている時に違うことも考えて方向をぶれさせたり、

気持ちを動かしているときに考えを混ぜて感じ切れなかったり、

体に負担をかけてやりたいことに全部を注げなかったり、

 

そういうことを減らしていきたい。

 

少しずつそれが自分でできてきて、楽しいから、施術や運動指導、セミナーで、伝えていきたいな、と思います。

 

施術を受けたあと、なんかいい!って感じるその感じは、もともとご自分の中にあるもの。私が付け足したのではなくて。

それをずっと持っていられるように、お手伝いしたいなあ、とまた今朝もヨガをやっていて思いました。

結局自分タイミングで

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近所の名店青おにぎり。

おにぎり神社まじで信仰しています。

 

 

最近またブログでいろいろ言いたい期になってましていろいろ言うんですけども。

 

誰かの何かにスイッチが入って、ヨシ動いてみよう!ってなったらいいな、と思っているからです。

 

なぜなら、私もそうやって、人に、そして本に、スイッチを入れてもらったことが何度もあるから。

 

ペイ・フォワード」っていう映画があって、好きだったんですけど、

自分が何か受け取った時、それをその相手に返すんじゃなくて、他に、少し増やして返そう、っていう話。だったと思う。

 

私はここ数年謎の、穏やかな多幸感がありまして、もうすぐ死ぬの?と不安になるくらいなんですけど(幸せを感じるとそうなる病)、

 

はっきり言って自分がそんなふうに思えるとは全く予想もしていなくて、

むしろ、

「多分一生しんどいから、それに耐えられるように自分を強くしていこう」

というよくわからない感じでスーパー自分いじめ生活していたので、

 

そういうこともないみたいよ!

 

って人に言いたいみたい。

自慢か。

 

たまたま鍼灸院もやっているし、お役に立てるんじゃないかと思うんです。

 

 

 

それで今日言いたいことはですね。

 

いろいろ、いろんなことをいろんな人がいろんなところで「ペイ・フォワード」として言ってくれているんです。今の世の中こうして誰でも発信できるし。

 

でもそれを自分がいつキャッチできるのか、っていうのはタイミングがすごくありますよね、ということです。

 

私は球技が苦手だから余計思うけど、いつでも何でもキャッチできる、とは限らない。

例えば練習とかトレーニングとか何か準備が必要なのかもしれないし、

そうかと思えば目をつぶってやみくもに手を上げたらなんかグラブに入ってた、みたいなこともありそうだし。

 

一つ必要なことがあるとしたら、

「ちょっとだけアクション」

かなと思います。

 

やっぱり、ちょっとだけでいいから、アクションは必要。

動かないと。行動しないと。

 

私もSNSが中毒っぽくなるときがあるけど、その時の自分を防犯カメラ的な映像で見てみたら、早送りしても全く動いてないんか!と思うと、これじゃ何も全く動かないわ!!と思います。

 

 

お、また話が微妙にずれましたけど、

その「ちょっと動こう」っていうのができるのには、人それぞれタイミングがある。

 

だから私も、誰かのタイミングを作れたらいいな、と思って、おんなじことを何回でも言ってみようかな、と思っています。思うようになった。

同じこと言っても、「その時はキャッチできなかった」っていうこともありそうだしね。

 

 

あと最近このこと思い出して、なんかそれもよかった。

 

humanite.hatenablog.com