ゆまにて日記

京都・左京区の鍼灸院 女性鍼灸師ゆにからの毎日のお知らせ

亡くなっても、尊し!

前回、生きてたら尊いみたいな記事書いて、なんと翌朝、父が亡くなりました。

 

そのあとにFacebookに書いた文章を、記録のためにも転載します。

 

 

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今日、父の告別式をして荼毘に付してきました。

 

告別式も、仏教的なあれこれが大好きな息子氏は大フィーバー。(注:お通夜にたくさん人が来てくださって、祭壇も立派だし、常々南禅寺を走り回っている息子氏3歳には『フェス』だったみたいで大エンジョイ)


お数珠をコレクションしたり耳にかけたり、お焼香ではつまんだのを思いっきり鼻にあてて匂いをかぎまくり、ナムナム。何回も棺の中を覗き込んでじいじをじっと見てたりで、おもろすぎるのと泣けるので私が情緒不安定。

 

 

父は14年にわたってパーキンソン病を患っていて、じわじわと動きにくくなっていました。
この年末で仕事(週2回出勤、精神科医)を引退、年明けにはリハビリ入院が決まっていたタイミングでした。

 

病院に入って、助けてもらえたらもう少し生きられたかもしれない。
だけど、最後の数日で目に見えて弱って、私は毎日怖くて怖くて仕方ありませんでした。
医療者としてアスレティックトレーナーとして、「何かあったら対処する」つもりで生きてるから、ほんとに生き死に関わる場面が迫ってるのを毎日感じて生きてて、疲れた!
(ちなみに誤嚥で窒息→けいれんもこの1年で3回救助した)

 

早く入院して欲しい…と思ってたその時に亡くなって、結果として、曲がりなりにも生涯現役、身の回りのことも最後の2日まではなんとか自分でやってました。

 

病院で管につながれて死ぬなんて…自然に死にたい、とか言いますが、そうじゃないなら眠るように美しく逝けるとは限らないし、本人もつらく、助けながら一緒に暮らす人もつらい。全然美しくないし。怖いし汚いし。

 

父のつらさには正直あんまり寄り添えなかったけど、不器用というか自由(褒めてるかどうかは微妙)な人で、私も寄り添ってもらった覚えがあんまりないから、一緒に暮らして、息子氏と暮らしてもらったことで勘弁してもらいたいな。

 

胸骨圧迫(心臓マッサージ)をして救急車に引き継いで、一度は蘇生。友人の、
「娘に最後、一旦生き返らせてもらったのは素晴らしい最期よ」
っていう言葉を抱きしめています。

 

 

結局、器の小さい私の、先に向かっての不安とか、イライラとか、全部もって逝ってしまいました。娘よ、お前にはもう無理やろ、ってことなんかな〜。まあ、正解!

 

切ないつらい病が世の中にはあって、選べないから、せめて今できる限り健康に、楽しく、楽しく!生きていきたいと思います。
そのために元気になる方法を考えて伝えるのが私のライフワークなんだな。

 

この黒板かいて2日後だったんだもん、笑うわ。

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【ゆにさんの、きょうの養生ポイント】

 

結局、いつも、自分のできる限りを、楽しく。

「できる限り」を大きくするためにも、養生。