読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゆまにて日記

京都・左京区の鍼灸院 女性鍼灸師ゆにからの毎日のお知らせ

ヨガとか瞑想とか

 f:id:anyuni:20160814185439j:image

最近なぜだか、瞑想・ヨガという単語によく出会ったり、やってるという人によく会ったりします。

 

はじまりは世界じゅうに滞在してヨガと太極拳で瞑想を極めるという生活をしているフランス人をうちに泊めたことでしたが、それから間もなく、長くヨガをやってこられた人がうちを訪れてくれたり、今まで知りもしなかった近所の人が瞑想をやっていたりと、

なんか最近ヨガと瞑想の話ばっかり聞くけど!

みたいな日々が続き。

 

とどめに、最近noteという媒体で有料の読み物を始めた吉本ばななさんからも「瞑想」の言葉が。

この記事は最初のサンプルとして無料で読めますのでぜひ。

note.mu

 

それで、結論から言うとヨガと瞑想、始めてみました。

ヨガも瞑想もものすごーく奥が深いようで、どれだけ深いかもまだ測れていないほどなので、これからこの話、ちょいちょい公開していこうかと思っています。

ある、私という人の経験談としてどうぞ。

 

 

なんで避けてきたのか?

ヨガも瞑想も、周りにはいつもあって、やっている友人も多くいるし、私自身のイメージからなのか「やってそう」と言われることさえあったのですが(多分見た目やろ、それは)、やってなかったです。

 

正確には、ゆまにての寺子屋のひとつとして、月に一度A-yogaには講師の先生に来てもらって開催していて、それに参加することはありましたし、Kyoto MBM Laboでも数回、レッスンは受けています。

Kyoto MBM Labo↓

https://kyoto-mbm-labo.resv.jp

 

でも、ヨガや瞑想は「たまに」やる、ということではなくて、続けてトレーニングしてこそ、と思ってきたので、数回思い出したように受けるだけでは「やっている」とは全く言えなかったのです。

 

 

なんでやらなかったかというと、

・流行ってて、いかにもやってそうだと思われてることをやるのはイヤだ

・体育学部を出てトレーナーをやってきたけどさして体を動かしてこなかったので、ヨガを始めてできないことがあるのに向き合うのはちょっとイヤだ

・まわりでヨガをやっている人たちがすごく真剣に心血を注いでやっていて、適当に手を出してはいけないような気がする

・瞑想について知りもしないで「宗教っぽいのはイヤだ」と思っている。ついでに言えば宗教のことだってわかってない

 

 

という、今文字に起こしてみてもほんまにしょうもない、しょうもなすぎてほんまどうしよう、という理由でした。

 

…いや、ほんまどうしよ、しょうもなすぎる。

 

 

ポケモンGOのおかげかも

それがなんで始めようと思ったか、といえば、まず冒頭のように、ヨガと瞑想が迫ってくる感じがあったこと。

それから、ちょっと前に書いたこの記事のように、なんだか急に、

「やりたいんやったら素直に乗ってこ」

と思えるようになってきたこと。

ポケモンGoやっといて「ヨガ流行ってるからやらない」もなかろう、と。

humanite.hatenablog.com

 

 

ラジオ体操とヨガ

それともう一つのきっかけは、ヨガを長くやってこられて、インストラクターもされているキノシタケイコさんとの会話でした。

www.keikokinoshitayoga.com

 

私がヨガから距離をおいてきた理由のひとつ、「やるからには心血注がないといけないのではないか」ということ。

私のまわりの、ヨガをやっている人たちはそういう人が多くて、なんだか私がいい加減にやるのはどうなんだ…という気持ちがしてしまっていたのです。

よく考えたら私のまわりのみなさんはたいていインストラクターなので、当たり前だったんですけれど。

 

ケイコさんもヨガと真摯に向き合って来られた方で、そのケイコさんが、

「毎朝ラジオ体操の同じ動きをしていて、

『あれ、今日はここの動きが良くないな』

なんて気がついたりすることも、

ラジオ体操の間他のことを考えないで動きや体の感覚に集中していることも、

ヨガに似てるのよ」

と言われたことが、最後のひと押しになりました。

 

この夏、毎朝NHKのラジオ体操を録画してやってみていたし、地元の集会所でラジオ体操をしていたりもしていて、あ、この延長上でヨガをやってもいいんだ、と思えました。

 

 

からだに向き合っているという瞑想(…?)

今まで、ヨガというものに対して、過剰におしゃれ感とか求道的精神とかを感じていたかもしれません。

でもさっき貼った吉本ばななさんの文章の中では、「ストレッチと瞑想を兼ねたものを寝る前にしている」というさらっとした書き方で、そこから瞑想的に自分を見つめているということが書かれてありました。

 

私が数回受けたヨガのレッスンのあいだ、確かに私は自分の体の感覚にフォーカスしていて、その他のことを考えることがあまりありませんでした。

そのこと自体が、瞑想的だなと感じました。

 

だから、瞑想にも興味を持ったこのタイミングで、

「体の感覚だけに集中するというトレーニング」

として、ヨガをやってみよう、と思えました。

 

そんな時間、私の日常生活にはあまり、というか全然、ありませんから。

(うちに来て下さる方々にとってはもしかして、施術の時間がそうなのかも、と思い至り、そうなると私しゃべりすぎてるな、と思ったりもしております)

 

 

そんなわけで

急に、近所のヨガスタジオへ行ってきました。

とってもおしゃれな空間で、これまでだったら「女子っぽくおしゃれなウエア用意しないといけないかしら」「どんな人が来てるのかしら」といろんなことが気になったものですが、今回はほとんどそういうことは気にしないで、ずっと自分の体を見つめていました。

だいたい、プーマ着て行ったし。(一応カジュアルライン)

 

ヨガと瞑想がセットのクラスで、すごく、すっきりしました。

帰りに神社にお参りしましたが、いつもやっている「お参りしている間、神様につながろうとする」のがいつもよりクリアにやれた気がします(あ、きもい発言なのでこの辺スルーでけっこうです)。

 

 

8月のうちにあと3回、Kyoto MBM Laboと今回のスタジオで予約を入れてみました。

自分のできなさと向かい合いつつ、許容しつつ、何かが変わっていくのかいかないのか、楽しみです。

 

 

気づいたらめっちゃ長くなったので、瞑想の話はまたこんどの機会に。

 

広告を非表示にする