ゆにさんの日記

京都・左京区の鍼灸院 鍼灸師ゆにさんの日記

ご都合スピリチュアル

先週のある夜に、なんか妙なテンションになって連続ツイートをしました。

夕方に仕事を終え、甥っ子たちと風呂に入ったあと、恩師がおかまちゃんを演じる小さなお芝居を街中まで観に行って、帰ってきた、そんな気分のいい夜だったと思います。

 

まずはツイートを読んでいただいて、少し補足をしようかなと思います。

けどまあ、だいたい言いたいことは勢いで言ってしまっていました。

 

 

電信柱が高いのは私のせいじゃない

落語で使われる都々逸に、

空があんなに青いのも 電信柱が高いのも 郵便ポストが赤いのも 

みんなあたしが悪いのよ

というのがあるそうで、なんだかそんなふうに思っていたことが私にもありました。

 

これ、ひっくり返すと「どんなことでも自分しだいでどうにでもできる」というようなことで、よく考えたらものすごく傲慢でもある。

 

オーラの泉」を見るようになって、ああそうか、私なんかの小さな力なんかじゃなく、もっと大きななにかの力で動いていることだって、あるよなあ、と思うようになった、というのがはじめです。

 

これは私にとっては大きな発見でした。

 

でも、努力して現実を変える、ということは必死で取り組んでいたしそれがなくなるわけもなく、

「自分のがんばりでどうにかできることもある。

 でもできないこともあるんだから、それにはこだわりすぎない。」

というふうにうまくブレンドしてやっています。

 

昔よくやっていたことは、良くないことが起こったときにそれを全部自分の責任だと考えて自分を責めまくるということですが、それが減りました。自分なりには適切なボリュームに。

「そういうこともあるな」

と。

 

ただしこれは、全部人のせいにするということではなくて、自分のよくなかったところについてはもちろん大反省です。

もともと根が暗いんですからそれは得意なわけです。やりすぎないようにするってことですね。

 

私って神様(わたし専属)に愛されてるう、と信じこむ

そして、いいことがあったときにも全部自分のおかげだと思わない。ラッキーだなあ、ありがたいなあと思う。

これまでの私の転機は本当に、人に呼んでもらったり、偶然の出会いから始まっていることがほとんど。なので素直にそれに感謝する。

それはもう、自分で努力したことではないから。

 

それから、小さなラッキーを見逃さないようにする。

ちょっとしたことでも「むっちゃラッキーやん私」と思う。

 

ラッキーと同じだけアンラッキーもあると思いますが、そこは「そういうこともある」でスルー。

ラッキーについてだけ「ええわー、ついてるわー」と強調して覚えこむ。

このへんはご都合主義で塩梅を変えます。

 

 

現実は、見る

このご都合主義、一歩間違うとほんと、ダメ人間になってしまうので気をつけてはいるつもりです。

私の場合はもともとが自分を責めがちで、あらゆることに意味を見出そうとし、思い込みが激しいというところから出発しているので、ちょっとゆるめるくらいでちょうどいいかなとは思っているのですが。

 

いわゆるスピリチュアル系にはまりすぎて問題になってくる人というのは、そのへんの「現実の見極め」のところが極端になってしまうんだと思います。

 

スピリチュアルな考え方ではいろいろなものごとに意味を見出し意味付けをしますが、それをやりすぎると危険です。

 

最後のツイート、さほどいいねとかRTとかされてなかったけど、すごく大事だと思います。

小学校で習う理科や算数、社会や保健のレベルのことでいいから、「そこのスジは通っているか?」ってことは考えないといけない。

 

私がかかわっているからだのことで言うと、病気になったことに意味付けをしすぎたり、そのことで受けるべき治療を受けなかったりということは生死にかかわります。

信念のために死にたい、という潔さならいざ知らず、そうでなければ科学の力を信じることも必要です。

 

そしてそのことはもう、誰もが自分でできるとは思わない方がいい。

しっかり勉強している専門家がいるのだから。

ちょっとネットで探ったぐらいでわかる分野ではありません。

 

 

すべては自分にちょうどよく。

自分がいちばん楽しくいられることが大切なんじゃないかな、と思います。

私はそういうお手伝いができたらいいなと思っています。

今のところ、「あなたの腰痛は前世の行いです」とは言わない鍼灸院をやっています。