ゆまにて日記

京都・左京区の鍼灸院 女性鍼灸師ゆにからの毎日のお知らせ

「みどりのゆび」と子どものころ

 
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うちの店の中で、私がいちばん気に入っているところです。
そしていちばん外から覗かれているところ…
 
パソコン仕事するときにその奥にみどりがあるのはなかなかいいことかなと。
 
蔦に多肉に、鉢に水を入れておけるシクラメン(育っている)。
ズボラ向けラインアップです。
 
最近「金のなる木」を買いました。
夏の終わりに「かもがわカフェ」に行ったときに、座った席の横にいたでっかい「金のなる木」。こんもりと50センチくらいはあったかなあ、それがすごく存在感があって、話しかけられてる気になって、出会ったら買おうと思っていたのです。
 
こないだ蔦屋書店で多肉の本を2冊熟読(買ってない)(合法)してたら、多肉が好きになってきました。
どっちか1冊買おうかな。
 
 
よしもとばななさんの「みどりのゆび」(『体は全部知っている』所収」に、同じ植物はつながっていて、どこかで大切にすると、他のときにも仲良くしてくれる、という内容があります。

 

体は全部知っている (文春文庫)

体は全部知っている (文春文庫)

 

 

 
 
それはアロエだったのだけど、私にとっては今のところ、モンステラとゴムの木だった。
 
箕面、横浜と5年以上つきあって、京都に戻る前に不注意で枯らしてしまったモンステラ。いまは2代目を購入して、ぐいぐい育ってくれている。
 
ゴムの木は昔、川の前に住んでいたとき母が大きく育てていて、台風のときに川に落ちてしまったのを、母が残念がっていたのをすごく覚えていて、最近それを思い出して購入。小さなものだけど。
このゴムの木の記憶は、自分も小さかったし、「大きい!」と思っていたけどさほどでもなかったのかも。こんどきいてみよう。
 
金のなる木へのこのぼんやりとした「買わなきゃ」という気持ちは、なんだろうな…何かあったのかもしれない。
 
 
何もかもを「子どものころの記憶に支配されている」と思うのは好きじゃないし、今の自分を見ているけれど(見られるようになってきている)、やっぱり、子どものころのことっていろいろの形で自分の中にあるんだなあ、と感じます。
 
美術館や丸善に行くことも、散歩も山歩きも、裁縫も編み物も。