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ゆまにて日記

京都の鍼灸院(とか)、「ゆまにて」のできるまでとそれから

黒歴史7(終) からだ=こころが選ぶ道を

11月の予定はこちら→  11月の予定 - ゆまにて日記

 

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さて、長々やってきました店主の黒歴史ですが、これで最終回です。

誰か読んでくれてたんでしょうかね…

このエントリの続きです↓

黒歴史6 週1休み(画期的!)離陸する準備はからだから - ゆまにて日記

最初から読む場合はこちらから↓

機嫌のいい毎日 - ゆまにて日記

 

高校サッカー部トレーナーに 夢に届いた

横浜の高校からオファーを受けて、高校と契約する「サッカー部のトレーナー」として、横浜へ引っ越して仕事を始めました。

 

高校生のときに「スポーツ選手を助ける仕事がしたい」「プロというよりは助けてくれる人のいない学生を手伝いたい」と、自分で選手をやりながら思い始めてから実に20年。20年?!(改めて自分のしつこさにおどろく)

 

その時は想像もしない、男子高校生のサッカー部だったけど、ほぼ、完全に夢がかなったと言えます。

 

具体的な計画はなかったけれど、その時その時、「スポーツ現場にいつづけること」「最低限ちゃんと食えること」を指標にやってきて、いつのまにかたどりついていた、そういう感じでした。

 

久しぶりの完全没入 そう、「部活」!

週に5日、時に6日は朝5時起き・6時半にはグランドにいて朝練に出る。

そしてまた夕方から夜にかけて毎日練習。

土日や長期休暇はそれこそ1日じゅう、試合帯同です。毎年夏は8泊9日で合宿。

最大170人の高校生とずっと時間をともにしていました。

 

大学を出て以来、現場「だけ」の生活は本当に久しぶりで、グランドのそばに住んで、毎日ジャージ着て、サッカーを中心に生きていた3年間でした。

 

22時に寝て5時に起きる。そして毎日練習に2回出て、合間に家事。

それだけを毎日繰り返して、ある意味体調は安定していました。

反対に言えば、その生活をしていないと、毎日仕事にいいコンディションで臨めない。

横浜に知人友人もほぼなく、1年目は本当に、仕事「だけ」をしていました。

 

そのままで人とつながるということ 時間がかかったなあ

仕事のことがある意味シンプルになって、浮かび上がってきたのがやはり、自分と人との距離のとり方でした。

 

横浜には仕事の人間関係しかありませんでしたが、仕事のスキルで呼んでもらったということがはっきりしていたこともあって、これまで以上に「できる人であらねばならない」という気持ちを強く持つようになり、それがプレッシャーになっていきました。

 

ただ、長くそういう気持ちで進んできて、「それではいけない」ということもわかってはいました。「こんな仕事のできる人」ではなくて、ただの自分として人に接することができるようになりたい。でも、やり方がわからない。

あとちょっとなんだけど…

 

そういう時に、SNSでつながった、誰も知ってる人のいない(共通の知人は多い)飲み会に参加しました。渋谷でした。

今でも、なんで自分がそんなアクションに出たのかわかりません。でも、そこが転機になりました。

 

いろんなところから東京に出てきて、スポーツの仕事をしている仲間。

同じようなバックグラウンドで、同じような仕事をしているけど、「仕事の人」じゃない。

なんだか、ちょうどいい距離感で、とても楽しい時間を過ごしました。

なーんだ、と思いました。

感動的なイベント!とかでは全然なかったですけど(みんなごめん)、そこからはじまった友だち付き合いは、私を大きく開いてくれたなあと思っています。

そしてその中にロルファーのべぇさん(森部さん)がいたのです。

 

 

ロルフィング 自分の足が地面についた

べぇさんはロルフィングというボディワークをする、ロルファー。

ロルフィングをひとことで説明するのは難しいので、べぇさんのサイトを見ていただくとして。

kukunabody.com

 

私はロルフィングというワークを10回のセッションで受けているあいだに、ついにとうとう、自分のからだを自分として、そのまま受け入れられるようになりました。

 

からだ、というのは結局、こころが入っている入れ物でもあって、だから、からだを受け入れることができた時に、自分という存在をそのまま受け入れることができたと思います。

 

そのまま、というのは、「もっとこうしなければならない自分」「あそこまではまだ足りない自分」ではなくて、たった今の自分ということ。

 

不思議と、それは、先を上を見るのをあきらめるのとは違うことです。

足りない、届いてない、と引き算して苦しむ気持ちではなくて、ここからどれだけ足していけるのか、進んでいけるのかが楽しみだな、と思う楽しみ。

 

ロルフィングでは、しっかり足が地面について、その上にしっかりからだが乗っている、という感じに体が組み立てられていくのですが、それと同時に、自分の中身もしっかりからだにはまった感じがしました。

 

勤労学生の時のあん摩施術では自分のからだをみるようになり、そしてロルフィングでは自分が自分の中におさまって、しっかりひとりで立つようになった。

私が自分のからだと気持ちをうまくつなげて進めるようになるのには、二人の、からだに関わる仕事をしている人たちが大きなきっかけを作ってくれました。

 

だから私も、人のからだにそういう関わり方をしたい。

 

そう考えたとき、「仕事」は、自分の存在をはっきりさせるための「依存の対象」ではなくて、ただ楽しく、自分が役に立てること、という、とても健康なことになりました。

 

楽しかったなあ! 次の夢へ

横浜の高校で3シーズンを過ごして、一緒に入学した選手の3年の選手権予選に負けて、なんだかすごく納得して、横浜での仕事を終えることにしました。

37歳になっていて、しっかり養生して、すべてを仕事に向けてもやっぱり部活100%の仕事はしんどくて、体力的に限界も感じていました。

 

それに、目指してきたところまできたなと思うと同時に、その場所にきたら次の夢がまた見えてきたように思えました。

いろんな意味で「潮時」を感じて、そしてこの「ゆまにて」の家に出会って、京都に戻ってきました。

 

100%(ほぼ)トレーナーの3年間から学ぶ大事なこと

仕事じゃない友だち、大事

夢だと思っていてたどり着くと、次の夢が見える

からだがしっかりしているときにする決断には迷いがない

 そのためには人の手をかりるのもひとつの方法

 

 

ご清聴ありがとうございました!


最後におまけがありますよ↓

humanite.hatenablog.com